Ehring, D(2011)."Tropes"/要約part.2
「適切な存在論にふさわしいのは普遍者ではなくトロープ」というのが第一部での主な主張だ。
第一章ではそのための下準備として普遍者と個別者を区別する作業を行う。個別的性質という特異的なトロープのあり方を許容する理論を探そう。
PartⅠ: Tropes
1 普遍者と個別者を区別する
トロープ唯名論は抽象的個別者という特異な存在を内に含むため、普遍者と個別者の間の区別を理論的に要求する*1。
この章ではまず「例化」を中心におく区別を検討し、その後アリストテレス的形式化を検討する。最後に、Williamsによる「完全な複製」を用いた区別の紹介と他に対する優位性を論じる。
この区別は(やむを得ない場合を除き)個別者である性質の存在をあらかじめ排除するものであってはならない。
1.例化ベースの三つの理論
1.1 数的理論
RussellやArmstrongをはじめとする哲学者は、個別者と普遍者はそれらの例化/instantiation, exemplification*2の構成要素、つまり「事実/facts」や「事態/states of affairs」にかかる数的制約の面に違いがあると論じる。
「は背が高い」のような普遍者は、きっちり二つの構成要素を持つ原子事態/atomic states of affairsの中にしか現れない。すなわち、普遍者ともう一つ別の存在である。
e.g.「オバマは背が高い」は「オバマ」と普遍者「は背が高い」の二つのみから成り立つ。
しかし個別者、ここでいうオバマが出現する原子事態の要素の数は定まっていない*3。
e.g.「オバマは40代である」「バラク・オバマはミッシェル・オバマと結婚している」
数的説明においては、普遍者はきっちりn個の構成要素を原子事態に要求し(unigrade)、個別者はそのような数的制約がない(multigrade)ことが区別の根拠となる*4。
しかし、この区別はトロープをうまく捉えることができない。
1.2 完全性理論
普遍者は埋められるべき「隙間」を持ち、それが埋められない限り例化されない「不完全」なものである、というのが二つ目の理論の語るところである。
つまり、個別者が普遍者を例化するのは、個物のような完全な存在が普遍者のもつすきまを満たしたときである。
この理論をトロープに適用した場合、個別者であるトロープは他の何物も特徴づけることなく存在することができるというかなり強い帰結が生じる。
また、この普遍-個別の区別は性質が不完全であるという直観を動機としているので、トロープの存在を認めることはこの理論の魅力を完全に失わせることになる。
1.3 例化理論
例化理論は、普遍者は例化されるが個別者は例化されないという例化関係の非対称性に注目する。
例化理論はこの違いを利用し、個別者を例化するが例化されない存在、普遍者を例化されるが例化しない存在として特徴づける*5。
この理論はまたもやトロープを扱う際に不具合を生じさせる。上の非対称性は性質と個体の間いはうまくあてはまるが、トロープを導入した存在論にはあてはまらない。なぜなら、この定式化はトロープが個物によって例化されることを不可能にするからである。
1.4 例化理論の一般的問題点
これら三つの理論は性質と個体の間の区別には成功するかもしれないが、普遍者と個別者を区別できていない。
2.アリストテレス的形式化
アリストテレス的な区別は、個別者が普遍者と違い複数の場所に同時に現れることができることに注目する。
正確に表現するならば、この定式化の下で普遍者にできて個別者にできないことは「同時に複数の位置に全体として存在すること/wholly present」である*6。
これに対する反論は、複数の位置に存在する個別者があること、複数の場所に存在できない普遍者が存在することを示すことを目的とする。
事例1:空間的に幅のある、しかし空間的に部分を持たない個別者
空間的に幅がある単純な個別者が存在することは可能である。そのような個別者はそれが占める位置のそれぞれに存在するが、その(真)部分を持つことによってそうするのではない。
「空間的に幅がある単純な個別者」が存在しうるとしたら、二つに分類されることに気を付けなければならない。
アリストテレス主義に対する真正な反例となる多重定位者/mutilocaterと、単なる区画的存在/spannerである。
多重定位者は、時空間的領域Rに加えて、Rに属する空間上の点のすべてを占める*7。
一方で区画的存在は時空間的領域Rを占めるが、R上の点を占めることはない。したがって区画的存在は同時にただ一つの位置しか持たず、アリストテレス主義への反例にはならない*8。
事例2:時間的部分を持たないタイムトラベルする個別者
時間的部分を持たない個別者が過去または未来にタイムトラベルした場合、同一の個別者が複数の位置に存在することになる。
事例3:部分を持たない空間的に幅のあるトロープ
個物の全体が白い場合、「白さ」のトロープは個物が占める各点を占める。
事例4:時間的部分を持たないタイムトラベルするトロープ
個物の場合と同様。
2.1 アリストテレス的定式化の変形
反例に対応し変形を加えた定式化は以下のようになる。
変形1
個別者は連続していない複数の位置に同時に存在することはできない。
変形2
個別者は因果関係によって結ばれることなく複数の位置に同時に存在することはできない。
変形1*2
個別者は外在的関係によって結ばれることなく複数の位置に同時に存在することはできない。
個別者も普遍者も複数の位置に同時に存在することは可能である。「完全な」複数位置の能力の有無だけが個別者と普遍者を分けるのだとしたら、この複雑化した区分は何に由来するのだろうか?次節ではEhring 自身が支持する区分が導入される。
(雑感)
例化理論の非対称性を用いた議論は、高階の普遍者を放棄すればトロープの存在を許容できるのではないだろうか。
*1:MacBrideなどの哲学者はその区別を拒絶する。これはトロープ唯名論に対する拒絶と等しい。
*2:本稿ではexemplification/instantiation をどちらも例化と訳している。原文で実質的な意味の違いを見いだせなかったため、instantiation は特定の関係に注目した3つの理論の総称として、exemplification はその関係の非対称性に注目した理論を他の理論から区別するために使われているものと推察する。
*3:「オバマとジョーンズは背が高い」などは原子事態ではないので反例にならない。
*4:高階の普遍者を認めると低階の普遍者がmultigradeになるという問題がある。
*5:高階の普遍者の存在を認める場合、普遍者「赤である」が普遍者「色を持つ」を例化するように、普遍者は例化することも例化されることもできることを認めることになる。
*6:個物の諸部分はそれぞれ違う位置に存在するが、それぞれの位置に個物が全体として存在しているわけではない。
*7:基礎的な物理的対象がその候補として挙げられている。
*8:McDanielは区画的存在の例として単元集合を挙げている。単元集合はその成員が存在する空間的領域を占めるが、その領域の各点を占めるような部分/真部分を持たない。